介護は命を救える仕事だから。

介護福祉士・モデル

上条 百里奈

社会問題と向き合う高齢者介護。根拠に基づいた支援で、明日を生きる力に

キャリア

上条 百里奈

白梅学園短期大学 福祉援助学科卒業 ↓ 2010年 介護福祉士取得。老人保健施設に就職 ↓ 2011年 モデルとして活動開始。以後、ドラマの介護監修・指導やコメンテーターとして介護の発信を行う ↓ 老健以外にも特別養護老人ホームや訪問介護などの数々の現場を経験。現在は小規模多機能型居宅介護事業所にて、外出支援やイベント企画として携わる ↓ 2023年 国際医療福祉大学大学院に入学し、介護福祉研究の道へ

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命を救うだけでは意味がない。明日に希望が持てる毎日を

小さなころから、命を救う仕事に憧れを持っていました。命を救うというと、医療現場に立つ医師や看護師を思い浮かべる人が多いと思います。私もその一人でした。しかし中学2年生のときの職業体験で、老人保健施設へ訪れたことがきっかけとなり、そのイメージは大きく変わりました。
 
職業体験では、とあるおばあちゃんの食事介助を担当。施設の職員から「元気そうに見えるかもしれないけれど、ご高齢だから明日ここにいるかどうか分からない人たちばかりなの。だからこの食事が最後になるかもしれないという気持ちを持って大切に介助してね」と言われました。そんな大事な時間を私の学びのために使わせてもらっているのも、恐れ多いと思いながら食事介助をしたところ、おばあちゃんからは「とてもおいしい。ありがとう。うれしかったよ」と言われました。
 
正直なところ、おばあちゃんが口を開けるタイミングと私の介助のタイミングが合わず、おばあちゃんはたくさんのご飯を口からこぼしていたんです。それでも中学生の私に対して、そんな風に笑顔で感謝の言葉を伝えるおばあちゃんを見て、大人として本当に素晴らしい人だと感じました。だからこそ、中学生ながらこれから先もこんな人たちと携わって生きていきたいと思ったんです。
 
そのおばあちゃんに限らず、他のご利用者様もとてもやさしい人たちばかりだったのですが、その一方で残念ながら「私の人生はもうこれでおしまい」といったような、明日に希望を持てない高齢者もいました。その現実を間近で見たとき、命は助かっているだけでは意味がないのだと気付きました。私の命を救いたいという思いは、医療よりも介護なのだと確信。介護福祉の道に進むことを決めました。
 

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根本にある「社会問題」を変えたい。介護福祉研究の道へ

高校や大学で介護福祉について学び、介護福祉士の資格を取得後、老人保健施設に就職しました。働く中で気付いたのは、介護現場の根本的な課題は介護技術の問題よりも、社会問題に向き合うことが多いということ。
 
手遅れの状態で施設に緊急入所した高齢者を見て「どうしてこんな風になるまで介護の手が入らなかったのか。もっと早くSOSを出してくれれば救えたのに」と。
 
するとご家族は「妻が認知症になったことを恥ずかしくて周りに言えなかった」と言うんです。
 
その言葉を聞いたとき、どれだけ介護の知識を増やしても、医療の技術が進歩したとしても、必要な人に必要なタイミングでケアが届かなければ意味がない。認知症含め病気に対するネガティブなイメージを変えなければ、介護現場は決して良くならないと思ったんです。
 
「風邪をひいた」「花粉症になった」と同じくらい「認知症になった」と言える社会づくりが必要だと感じました。またその当時、テレビの特番で少子高齢化の特集が組まれていたのですが、出演者はタレントと医療関係者のみ。介護福祉の現場に立つ人間は誰もいませんでした。
 
その番組をたまたま見ていたご利用者様から「私たちなんかが生きていてごめんね」と涙ながらに言われました。番組の作り方や発信の仕方に問題がある。メディアに対するモヤモヤや課題感を感じていたところ、日本介護福祉学会での発表の帰りに偶然にもモデルにスカウトされました。モデルになれば、その課題感を発信できるかもしれない。そんな思いでモデルになったものの、テレビにはさまざまな業界の人がいて、想像していた以上に自由に発信できないことも分かりました。もっと社会を変えていける力がほしい。その思いで介護福祉の研究の道に進むことを決め、昨年国際医療福祉大学大学院に進学をしました。
 

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これからの介護現場に必要なのは、根拠に基づいた支援

大学院では、「介護職員の労働環境と要介護高齢者の自立支援について」の研究を進めながら、月2程度のペースで、小規模多機能型居宅介護事業所で働いています。現在は研究が忙しいこともあり、現場でのご利用者様の日々のケアは定期的に支援に入る職員にお願いをして、私の方では外出支援やイベント企画などをメインに行なっています。
 
また、現在力を入れているのは、介護職員に向けた研修や教育。残念ながら科学的根拠に基づいた学びを取り入れている事業所が少ないのが現状です。研修や教育と言っても、大それたことではありません。
 
例えば、高齢者の水分量の保持率。これらは、きちんと根拠に基づいた量が決まっています。「なぜ」の科学的な部分を介護職員にしっかりとレクチャーしています。 現場で働く介護職員の皆さんは、ご利用者様に対して「どんな関わり方を持ったら気持ちよく飲んでくれるのか」といったような気持ちを持ちながら日々向き合っていることと思います。その思いに応えるためにも、根拠をきちんと伝えることが大事だと思っています。
 
今から約15年前、寝たきりで死にたいと言っていたおじいちゃんと出会いました。その人と関わる中で、「あなたと出会ってからもう一度生きたいと思った。ありがとう」と言ってくれたことがありました。うれしいと思いながらも、どうして気持ちが変化したのかが気になっていたんです。目には見えないケアの力かもしれないと当時は思っていましたが、研究を進める中で、統計的に寝たきりだと生きている心地がしなく、マイナス感情が生まれやすいことが分かりました。心からケアに向き合うことはもちろん大切です。ですが、その根拠を学び、日々のケアに生かすことが大切だと感じています。
 

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高齢者介護は、全世代の生きる希望を生む仕事

介護福祉の現場と研究や教育はつながっていないイメージがあると思います。実際に介護福祉系の学会の会員に介護福祉職員は少ないのが現状です。学会では、常に最新の知見、特に科学的介護が取り入れられ、情報がアップデートされています。
 
例えば、風邪を引いて具合が悪いときに病院へ行き、担当の医師に10年前の知見で診断や治療をされたら不安ですよね。それは介護福祉の世界も一緒です。常に最新の介護現場の情報や介護支援技術が更新され、今何が分かっているのかを、リアルタイムで介護福祉職員自身が理解しないといけません。つまりは、きちんと専門職として世間に見られなければいけないということ。
 
多くの介護職員が学会に参加し、知識を更新していくとともに、自らの課題を研究の場に取り入れることが大事ではないでしょうか。そのためにも介護福祉職の学士力を底上げしていく必要性も感じています。
 
私は、「つらいことがたくさんあったけど、生きてきてよかった」と笑顔で言ってくれる高齢者がたくさんいることが、全ての世代の生きる希望になると考えています。介護福祉職はその役割を担う大切な仕事。そんな社会を作るための高齢者介護だからこそ、魅力とやりがいがあるのだと思います。
 

違いがあることが自然な世界をみたいから

一般社団法人ビーンズ 管理者・精神保健福祉士

土居 奈月

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